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そして、ロンドンへ戻る

11月28日(木)のリサイタル、お忙しい中お越しくださいましてありがとうございました。新しい弓は少し慣れないところもありましたが、ホールで弾いてみたら単純に音の大きさにおののき(!)ここまで違うとは、と弓の威力に感心しました。自主リサイタルはいらしてくださるお客様、あらゆる形でお力添えくださる方々、家族など、周囲のサポートあって出来るもの。皆様あってのShinkoであります。感謝の一言です。

若いときは何かやることに意義があったり挑戦することにも意義があったりするけれど、ある程度歳をとってくるとそれだけではイカん。そういった意味で最近私は悩み深い(!?)のであるが、これからさてどうするのか今回のリサイタルでも考えさせられております。本当はアルゲリッチくらいでなければ人前で弾いちゃイカんのだ。でもそれを言っちゃあおしまいよ、ということで私を含めたくさんの音楽家があんな形でこんな形で弾き続けているわけだけれど、でもそれじゃイカんのである(あくまで私的には)。

今年少し仕事を減らしてオーケストラの仕事以外のこともした結果、イギリスでは教会のランチタイムコンサートなんかも出来て楽しかった。そのときに、ロイヤルフィルで過去10年必死に走り学び感じひとサイクル終わったように、次の10年で今度はオケ以外でチェロを弾く形で必死になってみたい、とふと思った。ただ、そのために持っている自分の才能の比例しなさを思うと非常にがっかりするし意欲も多少そがれるのであるが。失望とはこのことだ。

イギリスに戻る飛行機の中で見ていたドキュメンタリー番組の中でベートーベンの交響曲の短調の2楽章が使われていてその音楽がひどく心に迫った。ガッティの音楽を思い出した。あの人も音楽をするために天から遣わされた数少ない一人で、そういう人たちから出てくる音楽は原点へそして純粋な真実へ連れ戻してくれる。そうやりたくても能力不足で出来ない自分に、そしておそらく同様の他の多くの人たちにもそれを共有させてくれて、またそれでもそこを目指したいと思わせ勇気を与えてくれる温かさと寛容さを持っている。

ロンドンは私をいつも”普通”に戻してくれる。景気のようなものとは関係なくずっと同じ暮らしを続ける人たちが上にも下にもたくさんいるこの国には、harsh でdryなところもあるけれどずっと変わらぬ何かがあり、”全ての人たちがそのままでよい。生きたいように生きてよい”という寛容さがある。だからロンドンにいて寂しいと感じることはない。なんにもなくともここでは寂しくも大変でもないのだ。そう、だから私も欲しいだけの才能がなくても能力が足りなくても希望を捨てきらず真実を見て、まだ歩いていけるかも&歩いて行っていいのかも。
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by Shinko_Hanaoka | 2013-12-05 00:17